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選果機導入記(書きなぐり)

倉庫を片付け、選果機を設置した。
いらないものを処分したら倉庫は意外に広く、3つの部位からなる全長9メートルの選果機も現状で使えそうである。

片付けていたら、いろんなものがでてきた。
木箱、ダンボール、農薬やオイルのカラ容器、
雨戸、使わないストーブ、板切れや角材。

何年も前の使い残りでカチカチになって埃をかぶったセメントや農薬、
未開封だが使用許可登録が失効して使えない農薬や除草剤。

発泡スチロール箱、「ちぎ」という重さを測る道具、買ったなり組み立てていない物置キット、鉄くず、さびた工具、「いずれ何かに使うだろう」ととっておいたとおもわれる容器の類、空き地に捨ててあったのをばあさんが「もったいない」と拾ってきたカーペット(3枚)、巨大なかご、パンクしてさびた一輪車。

およそ僕には使えない代物ばかりだ。
じいさん・ばあさんに問うたら、大概のものは「まあおいておけ、いつか使うかもしれない」というに違いないので、じいさんに、「倉庫勝手にかたづけるでー」とさらりと言って、1人でバンバン処分した。

いつか使うかもしれないととっておいて、結局忘れて、新しいものを買い使っているのだ。それで倉庫がどんどん狭くなって、「新しい倉庫を建てなあかんなー」とか言っているのである。無駄の極みである。使いたいときすぐ使えないものなど、おいといても意味がない。

と、じいさんの尻拭いをしながら気づいた竹やぶであった。倉庫はまだ片付く。だけどきりがないので、次の機会にする。いつまでも片付けばかりしていたら、収穫ができない。
機会が訪れたらすかさず取り組む。これも大事なことである。何事も、「いずれ計画的にやるさ」と思っていてもなかなか実行には移さない。
全く不意であっても、日ごろしたいと思っていることをやる機会が訪れたなら、とにかくやるに限る。1つ始めたら連鎖的にいろんなことをせざるを得なくなり、結局それが大きな改善につながるのである。

今ではもう、選果機が毎日稼動している。
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# by takeyabubass | 2005-10-01 18:25 | 仕事

凡人への第一歩

家庭教師をやってほしいという親は、近所にかなりいる。
僕は別に、「家庭教師やります」と宣伝しているわけではない。だけど知り合いなどから「うちの子見てやってくれんか」と言われる。来年の春から見てほしいというのが3件あり、1つは引き受け、1つは断った。もう1つが考え中である。

週に2回やるとしたら、2人で4回である。他の用事もあるので、おそらく毎晩完全に詰まるだろう。だが家庭教師は好きだから、やれるかも知れぬ。
1回2時間×月8回で、25000円(テキスト代込みで26500円)いただくとすると、2人で月5万円である。今の僕にしたら、月収5万のプラスアルファはでかい。堂々たる副業である。

農家の中でも特別な存在になろうと思ったら、そういうことをしてはおれない。兼好法師の言うように、一道に絞ってそれ以外は切り捨てるのがよいだろう。しかし僕は何も、人の羨む生活をしたいわけではなく、尊敬されたいわけでもない。何かを極めねば納得できないということもない。自然な日々の中で自分なりに楽しみを見つけていこうというだけである。だから、お金を払ってまで僕に家庭教師をしてほしいという人がいるなら、するのが自然である。

今決めた。
家庭教師を2人、引き受けようと思っている。
同時に、農業でもある程度の収入を得るべくがんばる所存である。
欲張りではない。二股をかけたらエネルギーが分散されることを知った上で、あえてやるのである。「篤農家」となる可能性を犠牲にして、家庭教師をやるのである。
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# by takeyabubass | 2005-09-29 18:25 | 仕事

漏尽

僕はどちらかというと、無為である。基本的には、富も家族も地域も国も、どうでもいいと思っている。他人の目も、どうでもいいと思っている。
だからちょっと前までは、誰にも迷惑をかけずひっそりと、自給自足をするような生活に憧れた。

「浮世から離れて、山奥でひっそりと暮らす」というのは、いかにも無為自然で、全ての欲望から解き放たれたようなイメージがあるが、実はそうではない。そこには、「わが身だけは世間に呑み込まれず、自由でいたい」というあくなき欲望があり、それを貫くためにはなみなみならぬ努力を要する。無為自然とは全く逆の方向である。

社会は有為を是とする。
富を得るため、家族のため、地域のため、国のために、あるいは危険を顧みず、あるいは苦痛に耐えてがんばる者が、世間では是とされる。
だから社会にでる前の僕は、「嫌だなあ、めんどくさそうだなあ」と想像し、その対極にあるらしき自給自足を夢見た。

しかし大学をでて農業を始め、地域のいろんな役を頼まれるがままに引き受け、そこそこにこなしているうちに、最近思い始めたことがある。それは、体こそ地域や周囲の人間に縛られてはいるが、別にそれは嫌ではなく、かといって楽しい!!というわけでもないが、まあ淡々と日々がすぎてゆくのである。それでいて社会の大筋にそむいていないから、要らざる争いをせずともよく、特に我慢をすることも無い。

あえて自給自足などというとっぴなことをしなくてもよい。どんなに面倒に見える世界でも、入ってみれば、慣れてみれば様式・外観が違うだけで本質は同じである。
だからこれまで乗り気でなかった結婚や子を持つことも、何てことはないんだろうと思うようになった。むしろ「いつまでも独り身で・・・」とさしでがましく口出ししてくる隣人を、そのつど退けながら独り身を保つことこそ不自然で、面倒である。

世は、無常である。「こうしておけば安泰」という身のおき方など、どこにも無い。であるなら、無常なる世の中を受け入れるまでである。この世は変化する。大きな変化もあれば、小さな変化もある。しかしどんな変化も、時がたてば必ず慣れる。慣れる間もなく変化が続くようでも、「変化の連続」になれることができる。

本当に楽な道は、無理して世の中と自分を切り離すことではなく、とめどなく変わりゆく世の中を、こういうものだと受け入れることだと思う。

行き着く先は、「凡人」である。
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# by takeyabubass | 2005-09-28 18:53 | 思想

出来事いろいろ

明日でいちおう、消防団の毎日訓練が終わる。よくがんばったよ。これでまた、趣味と休養の時間がもどってくる。家庭教師も再開できる。

CEOが、「これからはお前の甲斐性で、好きに投資するがよい」と言ってくれたので、「選果機」の導入を考えている。
今日、約束のあった農機具やさんが、おためし用の選果機を持ってきてくれた。それをしばらく使ってみて、もしよかったら買ってくれということである。
さっそく倉庫に設置した。倉庫は、祖父の代に積もり積もった古い道具類で満ちている。もうすこし整理しないと満足に使えないので、これを機会に大規模な掃討作戦を行おうかと思っている。

周囲でも本腰を入れて農業に取り組んでいる人の多くは、すでに導入している。みかんにも梅にも使える。収穫期には畑での収穫もさることながら、倉庫での選別作業にも膨大な手間ひまがかかる。
うちにはこれまで選果機はなく、木でできた入れ物にとってきた果実を入れ、そこから実を手で取っては傷の程度とサイズで分け、コンテナに入れるという昔ながらのやり方であった。大量のみかんを採りためておき、3日ほど選果ばかりしたときもあった。
選果機を使えば、同じ人数で5~6倍のスピードでできるという。最低2人、最高5人が同時に参加でき、もちろん人数が増えればスピードは上がる。

僕は、梅と多品目の柑橘を作っている。そしてほぼ一年中何かしらの果実を収穫することで、収入を分散している。これはわが地域の特色でもある。結果、労働時間の多くは収穫に費やされる。だから選果機導入の効果は大きいんじゃないかと思う。
あまり他人の話を鵜呑みにしないほうがいいかもしれないが、導入した農家は、口をそろえて「してよかった」という。だから少々大きな投資ではあるが、やる価値はあると思っている。もし失敗だとしてもやってみなければ何も分からないままだ。

費用のことは、CEOとはまだ相談していない。もし援助してくれるというなら、ありがたく受けようと思っている。援助がなくてもまあ、何とかなる範囲である。
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# by takeyabubass | 2005-09-25 21:45 | 仕事

題名に無頓着

趣味は、自分のためにするものである。
仕事は、人の役に立って、人からお金をもらうためにやる。

やりたいことをやってそれが人の役にも立ち、自然と生活も成り立つというのは、理想的だが非常に困難である。だが求めるべき生活のレベルをどんどん下げていけば、やってやれぬこともないと思う。

しかし生活水準を下げるというのも、なかなか困難である。世間では、「社会人としては、これくらいの収入がなくてはならない」というジョーシキなるものが幅を利かしている。都会ではそうでないかもしれない。隣人がどんな生活をしていようが、無関心でいられる人たちがほとんどだろう。しかし田舎は違う。破れた服を着ていたら、さも自分の恥でもあるかのように隣人がそれを指摘する。子供に義務教育しか受けさせないなど、もってのほかだと言われる。

みんな、他力本願である。他人に求めるものが多すぎる。他人を自分の意に沿わせようと躍起である。それがかなわぬ相手を非常識と罵る。口では言わずとも、そう思っている。
無視してできぬことはないが、そうすると必要以上に迫害を受けそうな気もする。もしかしたら僕の被害妄想かもしれない。勇気を出して突っぱねてみたら、案外それでもうまくいくかも知れぬ。

ふと、都会のほうが気楽なのではと思うときもある。
都会でホームレスをやっていても、「ああいう人もいるよね」とたいてい、ちらと見て終わりである。田舎でホームレスをやったら、それこそ衆人の格好の話題となり、学校では「通学路に変人がいて問題である」などと職員会議で取り上げられ、近隣のものはわが恥のように心を痛めるだろう。

田舎は人が少ない上、隣人の顔ぶれは生涯変わることがないので、みなやたらとコミュニケーションを重視する。4年間大学に行って、孤独な1人暮らしに慣れたる身には少々なじみがたいが、郷に入れば郷に従わねば、自分がだんだんと不幸になって行くのは経験上明らかなので、不本意ではあるが、また少し自分を変えねばなるまい。
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# by takeyabubass | 2005-09-24 08:28 | 思想



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