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強烈な思い

「守拙」
という言葉がある。夏目漱石が好んで使っていた。出典は定かでない。読んで字のごとく、「つたなきを、まもる」ということだ。諸芸において、下手なのが良い、という考えだ。僕も大いに賛成である。

何かにつけて、上手いものが優れていて、下手なものが劣っているという考え方が常識なので、ある程度は不本意ながらも合わせているが、僕の根底にも守拙の念がある。

いや、功より拙が優れているというのではない。功も拙もない、そこに君がいて、僕を認めてくれるのなら、それはもう絶対的な価値である。しかし世の中は功なるものを優遇する。守拙というのは、「そうではない、存在はみな、絶対的な価値だ」という意地である。
功なるものを礼賛せず、また自分もあえて拙なるものをさらけ出すことで、価値観の画一化という流れに抗っているのである。でなければ、僕はより功なるものに支配されるであろう。人から認められようと、より高いところを目指してがんばっている人は僕の敵である。

理想とは、人に迷惑をかけず、自分の中だけで追い求めるべきだというのが成熟した大人の考えだと思われる。
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by takeyabubass | 2006-06-25 21:41 | 思想

成長を断片的に記す

「自然」という言葉の意味が、自分の中で大きく変わったのはここ1,2年である。

高校時代、「自然」は「人工」の対義語に過ぎなかった。
そして、自然物は清らかで、人工物は不純であると決め付けていた。できるだけ人の手の入っていない山奥に好んで行ったり、自給自足を夢見たりしていた。

大学で、われわれの住む世界の様々な法則について学んだ。それから、「人間も、自然の一部である」と思うようになった。人工物も、とどのつまりは自然物である。「僕の意思では動かせないもの」を、自然と呼ぶことにした。つまり自己以外は、木も、石も、犬も、家族も、日本も、質量保存の法則も、みな自然というわけだ。

大学を卒業して、農業をやった。農業とは、人間以外のものたちとの対峙である。草木や、虫や、獣たちとの戦いを通して、「やはり人間と、動物や草木や石を一絡げに捉えるべきではない」と思うようになった。かといって高校時代の定義に戻ったわけではない。
高校時代、自然は無垢で、人間は汚れていると思っていた。確かに動植物は無垢である。しかし無慈悲で、無感情でもあるのだ。それにひきかえ人には、愛情があり、いたわりがある。

言葉を厳密に定義せずに話を進めて申し訳ない。しかしその面倒を冒すだけの気力がない。続ける。

僕もまた人間であるという自然。それを受け入れた。人間はまた、人間と暮らすのが自然であるということも。

かつて変遷したこれらの定義を、僕は自在に使い分けることが出来る。言葉は、経験を増すごとに広がっていくものだ。いや、あいまいになっていくとも言える。

はい、終わり!
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by takeyabubass | 2006-06-22 23:40

プーさん恐怖説

とあるストーリーで、くまのプーさんを知る機会に恵まれた。
彼は、自然の大木を利用した家に住み、主に蜂蜜を採集して暮らしている。
自給自足か、蜂蜜を売った金で生活をしているのかは分からないが、一人である。

僕自身、自給自足をしようと思っていた時期があった。人中で暮らすのが不自然だから、人里はなれた山奥で自然なくらしをしようと思っていた。だが自給自足こそ、不自然の最たるものだとの結論に至った。

プーの家には、様々な道具類がある。壺、戸棚、扉、洋服。
彼はこれを、自分で作っているのだろうか。とすれば驚嘆に値する。蜂蜜を売った金でそれを買うにしても、並大抵の生活力ではない。そういう生活をしていれば、日々の苦労が深いしわとなって、日に焼けた顔に刻み込まれているはずである。あるいは頑強な肉体に鋭い目を有していてもおかしくはない。

しかしプーは、かかる過酷な暮らしの中にあって、あのとぼけようである。
「僕はなにしにきたんだっけ?」
「風のつよい日、おめでとう。」
などと、少し高めのおじさんの声でしゃべるのだ。
辛酸をなめ尽くして、あの境地に行き着いたのだろうか。

彼の本性が見えない。本当は、かわいい熊の皮をかぶった老子ではないのか。
僕はプーさんが怖い。
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by takeyabubass | 2006-06-19 20:08 | なんとなく

昨日と同系統

少し前、大規模化・分業化の幻想が世の中を席巻した。

教育は学校が、
小売はスーパーマーケットが、
政治は政治家が、
建築は建設会社が、
医療は病院が、
一手に引き受けたほうが効率的だという考え。身の回りのことをつぎつぎと専門家にアウトソーシングして、自らも何かの専門家となり、家計を立てるという風になった。

巨大な業界にはやがて、「素人は口を挟むな」という風潮がはびこり、客観的な目は失われて、腐っていく。腐った組織は、何も知らない素人から高額な金をボッタくるばかりで、成長することなくただ命脈を保つ。

専門家にだまされてはならぬ。
腐った組織を頼ってはならぬ。
また専門家たるもの、常に清廉でなくてはならぬ。


「子供を一人育てるには、1000万円かかる」とよく言われる。そんな「通説」を、鵜呑みにしてはいけない。大方、保険会社か教育関連企業が素人からボッタくろうと流布しているようなものだ。こんなものを標準にしたら、大半の若者が怖くて子供など作れない。

今の教育状態が、「正常」とは思えない。こんなにも費用がかかるのは、アウトソーシングしすぎるからである。低学歴でも社会から必要とされる人間に育てられるのなら、無理して大学まで行かせる必要はない。

若者よ、誰かが流した通説に踊らされることはない。自分を信じ、自分が大きくなればよいのだ。
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by takeyabubass | 2006-06-07 18:30

重要なこと

現実とゲームの大きな違い。

ゲームでは、一つ有利な方法を見つけたら、そればかりやればいい。最高レベルの魔法を覚えたら、基本的にそればかり使えばいいのだ。「氷系の魔法ばかり使っていたら、最近冷え症になって・・・」などということはおこらない。設定されていないパラメータは、「減らない」のが原則なのである。だから飲まず食わずで、永遠に走り続けられる。

現実ではそうはいかない。一つの方法だけに頼っていると、ひずみが出てくる。
雑草の管理には、いくつかやり方がある。
除草剤が楽だからと、そればかりやっていたら土がやせてくる。畑が侵食されていく。木が角ばってくる。ヘクソカズラや潅木ばかりが増えてくる。
草刈をやるにしても、コードソーばかり使っていると茶やビシャコだけが徐々に勢力を増してくる。時には重たくても、チップソーを使わねばならない。

現実では、「減らないパラメータ」はないのだ。
ある空間の均衡を保つためには、あらゆる角度からのアプローチが常に必要なのである。

何事も、ゲームの様に特化しすぎてはいけない。
焦点を、絞りすぎてはいけない。
遠大に、余裕を持って、構えていればいい。
一見不合理なことでも、自信を持って続けてよいのだ。
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by takeyabubass | 2006-06-06 00:55 | 思想

ムダムダムダムダ・・・!!

巨大なスーパーに、あまたのコンビニに、無駄なものばかりが並んでいる。
本当に必要なものを選んで、無駄な売り場を整理したら、もっとすばらしい町ができよう。

近所には、本当に必要なものだけを、古びた小さな木の家に効率よく納めている店がある。夫婦が営む日用雑貨店である。

結婚式の朝、白い靴下を用意し忘れていることに気づいた。「コンビニにあるだろう」と行ってみたが、黒い靴下か、白くてもくるぶしまでの、やたら短いものしかなかった。使えん。8時頃なので、スーパーは空いていない。「そうだ。あそこにはきっとある」と、その商店に行ったらあった。助かった。

除草剤を潅木の切り口に塗るために、細めの絵の具筆を欲しく思い、スーパーにいったが気に入ったサイズのがない。「あそこにはきっとある」と、例の商店にいったらあった。「絵の具筆、ないですか?」と聞いたら、細いのから太いのまで、箱から出してずらりと並べてくれた。感動した。この店には、何でもある。

一見狭いこの店のほうが、巨大なスーパーよりも品揃えがいいのはなぜだろう?今日、秘密が少し分かった。そこは、人が営む店なのである。コンビニには、人はいない。人に見えるのは、雇われたレジ打ちマシーンである。お客さんは、自分の欲しいものを自分で選び、レジに持っていくとマシーンがお金を受け取るだけの仕組みだ。よって品物は、全てお客さんに見えるよう陳列せねばならぬ。

その商店では、多くの商品は陳列されておらず、収納されている。そして、「何々が欲しい」というこちらの要望に従い、ご主人か奥さんが、棚からそれを出して並べてくれるのだ。だから狭い敷地内で、より多くの商品を扱える。

「人を使わないこと」が効率の良さの象徴の様に言われている。確かにその一面もあるが、偏りすぎてはいけない。人のかわりに希少な土地や資源を食い散らかし、技術を磨かぬ人そのものは腐っていく。ゆとりある空間を追われ、哀れな箱にぎゅう詰めになって暮らす。

僕は自分の生き方を通して、「人間革命」を世に提唱する。人間の持つ力をもっと発揮し、人の活動や、意識で満たされた空間を取り戻したい。自分がそうあるだけでなく、そういうところからものを買いたい。

いや、単なるギャグだがね。
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by takeyabubass | 2006-06-06 00:30 | 思想

上等、下等

村上ファンドの総大将が逮捕された。
彼が、私たちよりも下等な人間であることが判明したわけだ。

押しなべて、お金をたくさん儲けたがる人は下等である。少ないお金で幸せでいられる人こそ、上等である。なぜなら、社会の富の総和は急に増えたりしない。誰かがたくさんガメたら、その文誰かが貧しくなる。富は分け合うべきである。

お金をたくさん儲けて、その金で慈善活動をするというのも馬鹿げている。それまでの経済活動の罪をわびる気持ちで、「寄付させていただく」というならまだいい。己のバカさ加減を知るだけ優秀である。慈善活動をする自分を上等な人間と思い込んでいるやつは、救いようがない。虚名を求める、超下等生物である。

本当の慈善活動とは、誰にも恩を着せない。自分が生活できるだけの富を持って、残りのエネルギーを日々周囲のために使っておれば、大きな財産など出来るわけがない。それをしないから金がたまるのである。財産が出来るという時点で、社会にとってはマイナスの存在なのだ。金を持っているほど下等なのである。

僕は、上等な人間である。
なぜなら、毎日くたくたになるまで働いているのにお金は貯まらない。でも日々楽しく、幸せである。虚名に踊らされ、がめつく肥え太った醜い下等生物どもは、ぜひとも僕を見習うべきである。
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by takeyabubass | 2006-06-06 00:00 | 思想

めまぐるい

「これを書いたらおもしろい」というネタは、ここ数日でも2,3個思い浮かんだ記憶があるが、内容は思い出せない。ちょっと前は忘れるということはなかったが、今は忘れてしまう。

二年間使った愛用の草刈機「陸遜」が、昨日壊れた。うっかりと吸気口にごみが詰まったまま運転させたため、エンジンの中のピストンが焼け付いてしまったのだ。致命的な故障で、修理には2万5千円を要した。これからはこまめに、吸気口を手入れしよう。

王平には、時給900円で来てもらっている。彼の草刈レベルは、かつてないスピードで上昇している。草刈を彼に任せて、僕は日ごろ思いつる畑の手入れに精を出している。石垣にはびこった茶の木やビシャコを切ったり、防風垣であるマキの木を剪定したりしている。また「又谷」と「大玉」にもイノシシ防護壁を築くべく、畑の周囲の潅木やつるを切り開いている。

「陸遜」のほかにもう一台、先代からの臣「徐晃」がいる。徐晃は身軽さや細やかさに欠けるが、計り知れぬ破壊力と粘りがある。パチ族やビシ族、チヤ族、サギ族といった異民族の武力制圧には、むしろ徐晃が適している。最近ようやく、彼の扱い方が分かってきた。

今年からはじめた中一の生徒、楠正成(以下マサシゲ)は、好調なスタートを切った。中間テストは3教科が帰ってきた。いずれも平均点とは10~20点の差をつけている。計算が得意で、暗記がやや苦手である。なので英語に力を入れた。初期の英語は、暗記することだらけである。

中一から見させてもらえると、非常にありがたい。常に学校よりも先に、学校よりも高密度な学習が出来る。特に数学は飲み込みが早いので、どんどん進んで一年生の範囲の半分を終えてしまった。とにかく進めるだけ進んでいる。そしてテスト前にちょこっと復習しただけで、96点をとりやがった。数学は以後もこのやり方で行こう。彼にとっての、立派な飛び道具に仕立ててやる。

家庭教師は、週に3人見ている。実は今年に入ってからも、2人断った。できれば引き受けたかったが、あんまり何人も詰めすぎるとテスト前などの融通が利かなくなり、一人一人に万全を期すことが出来ないと思ったのであきらめた。「プロ」と自称するには、まだ実績が足りない。今年一年も、一人一人を丁寧に見て実績を積もう。不動の実績と名声を得たら、お客さんには事欠かぬはずである。

網羅につぐ網羅。単なる日記である。しかし書かないよりはマシである。
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by takeyabubass | 2006-06-04 01:38



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