ヤブログ本館

<   2006年 03月 ( 28 )   > この月の画像一覧

自己を救う日記

本年度の家庭教師は、明日で終わり・・!!

しんどかったけど、楽しかったよ。お互い本気で、一つのものを目指したこと。

僕自身の知識や技術も、かなり向上した。社会科指導スキルを、ある程度ものにできた。

生徒が、逃げなくなった。
今までは、楽なほう、楽なほうにしか自分を持っていけなかったあいつが、一見登れそうもない崖に、必死にしがみついて活路を見出すようになった。人生における成功の多くは、そのむこうにあるのだ。

ああ。受かれ受かれ。
学校の先生からは、「とうてい無理だ」と言われていた第一志望。
それに受かることによって、僕の指導は完結するのだ。「努力すれば夢はかなう」ことを実証したことになるのだ。受験を通して努力の効果を確かめ得たとしたら、彼は「努力」という伸縮自在の武器を手にしたことになる。避けて通れない苦しい道を、己の糧にできる人間になれる。本当にかっこいい人間、有為の人材が出来上がる。

受かれ受かれ。
[PR]
by takeyabubass | 2006-03-12 00:51 | なんとなく

またしてもこんな時間に。

なんか最近、忙しさに飽きてきた。飽きたから次のステージに行こう、とも思わない。変化にも飽きた。世の中に飽きた。存在することに飽きた。
かといって死んでみても仕方ない。「死後も自己は存在する」というのが僕の信仰である。故に死とは、終結ではなく変化にすぎない。「存在」に飽きた以上、死すら有効な解決策にはなりえない。われわれは、自らの意志に関係なく永久に存在することを余儀なくされているのだ。

以前書いた。「どんな状況にでも、慣れることができる」と。裏を返せば、「どんな状況も飽きる」ということだ。どうすればよいか。僕は知っている。どうしようもないのだ。アンニュイに襲われるのは初めてではない。

ところで、「自ら死ぬ」という行動はものすごい精神的バイタリティを必要とする。精神エネルギーが、我々を強固に縛り付ける肉体エネルギーを凌駕せねば実行できない。肉体は、僕の意志に関係なく僕を生かす。アンニュイの中で、それにはむかう気力など起こるはずが無い。そういう意味で、自殺をする人は「超積極的」である。

僕の場合、アンニュイに襲われたら「無為の殻」に閉じこもることにしている。体を「オート操作」状態にしておいて、精神だけ呆けるのである。せわしく、せわしく明滅する様々な現象を眺めてときどきキャハッと笑ったり、いつまでも毛布に包まってねていたりするのだ。幽体離脱に似ている。「オート操作」状態は、等速直線運動である。意志の力は必要ない。また意志が必要な活動はオートではできない。

「肉体をオート操作にする」という手順を怠って無為に陥ると、社会生活が営めない。飽きたからといって仕事をしなければ、畑に草が生え、収入が無くなり、体は蝕まれる。それをいやというほど体験したのが、大学時代であった。

「どうでもよくなる時期」は必ず訪れる。しかし時間とともに去っていくのも確かである。そのときに、心身ともに活動を停止したら、後で必ず後悔するのだ。だからちょっと面倒だが、無為期間に入る前に、肉体だけオートにする。

精神と肉体を切り離す修練を積むことが、社会人には要求される。
[PR]
by takeyabubass | 2006-03-11 01:37 | なんとなく

なんかわけ

最近は、趣向を凝らした著作ではなく、単なる日記になりつつある。それでも書かないよりはましか。

明日はいよいよ梅の消毒だ。南高梅はまだ実が見えないが、白加賀はもう膨らみつつある。ICボルドーではなくZボルドーをやらねばならない。
時間が余ったら今日掘った穴に燐酸肥料と石灰と活性腐食酸を入れておこう。

14日はいよいよ高校入試である。教え子B本人の、第一志望の合否がそこで決まる。ああ。受かれ受かれ。僕のために、受かってくれることを強く願う。授業はあと二回。

4月には、人前で歌うのが1回と、演説が1回ある。それにむけて、そろそろ調子を整えていかねばなるまい。日ごろの積み重ねの成果を発揮したい。
[PR]
by takeyabubass | 2006-03-11 00:46 | なんとなく

明日以降の予定

明日は雨の可能性が高い。午前中は、カッパを着て剪定と穴掘りをしよう。雨の畑もいいもんだ。
正午に農機具屋に会う。
午後は市の普及所が行う、デコポンの剪定講習会がある。
それから消防団の訓練に行って、夜は11時まで家庭教師。明日は忙しいなあ。

明後日以降で、雨が上がれば梅の消毒をする。これは一日でできる。
それから、清見と三宝の収穫にとりかかる。とりあえず、午前に清見を500キロ、午後に三宝を500キロ採る。15日までにそれを選別して出荷する。13日以降は家庭教師が無いから、選別は夜にできる。三宝はそれで終了である。後は農協の出荷要請に応じて清見を採り続ける。傭兵サキを起用すれば、通算で3日あれば採れよう。ただし17日には直売所の箱詰め作業、19日には熊野古道ウォーキングのイベントに参加せねばならぬ。
雨天→剪定・穴掘り、 晴天→清見採り、夜→清見選別 のコンボでいこう。

穴掘り、三宝、清見が片づいたら柑橘ボルドー、柑橘マシン油散布にとりかかる。これは前CEOと2人で、通算4日ほどかかる。消毒は、彼の活躍にかかっているといえる。そうこうしているうちに、梅に2度目の消毒をやらねばならない。それが終わったら、いよいよ肥えやりにかかれる。「せとか」「ポンカン」「レモン」「カラマンダリン」の苗が届き次第、かねてより掘っておいた穴に定植する。穂木が届き次第接木をする。

出荷要請がいつ入るか分からんし、天気も不安定だ。とりあえず「明日やること」しかきめられない。
[PR]
by takeyabubass | 2006-03-09 17:50 | 仕事

整理しよう。

①梅の消毒をせねばならぬ→3月から5月にかけて数回。必須。
②清見を収穫せねばならぬ→3月中。必須。
③三宝を収穫せねばならぬ→3月15日まで。必須。
④小玉八朔を選別して出荷せねばならぬ。→明日。必須。
⑤「せとか」「ポンカン」「レモン」を植える穴を掘らねばならぬ→今週中。必須。
⑥全てのかんきつの剪定をせねばならぬ→実行中。4月いっぱいまでに。できるとこまで。
⑦全てのかんきつに肥料をやらねばならぬ→今月中。必須。
⑧デコポンの穂木を入手せねばならぬ→今月中。できれば。
⑨接木をせねばならぬ→今月中。必須。
⑩甘夏をビニル袋に入れて貯蔵せねばならぬ→明日。必須。
⑪甘夏やバレンシアにICボルドーをやらねばならぬ→今月中。できれば。
⑫温州みかんや三宝にマシン油をやらねばならぬ→今月中。必須。
⑬農協の役や消防団に出ねばならぬ→たびたび。必須。
⑭毎晩4時間、家庭教師→今月12日まで。必須。

よって、明日は

⑩甘夏を袋に入れて貯蔵し、④小玉八朔を選別して出荷し、⑤時間が余ったら「せとか」を植える穴を掘って、⑭夜は家庭教師に行こう。
[PR]
by takeyabubass | 2006-03-08 23:26 | 仕事

桜の道

大学時代は、桜の花に縁取られた、長く壮大な夢であった。道後公園。石手川。松山城。桜並木をあるく僕の気分は、きわどい一本の弦の上にあった。希望が、少し傾くと不安に変わる。嬉しさと空しさの間を、纏綿といったりきたりする。その根底では、「どうでもよさ」と「衝動」が、踏み切りのランプのように、とどまることなく入れ替わっている。

もとより言葉は不完全である。既存の言葉が、自分のなかの「感じ」をぴったりと言い表すことなどありえない。むしろ、自分で好き勝手に作っていくべきものかもしれない。
言葉は、妥協の産物である。著述をする僕は、日々妥協している。言葉をさがすことは、妥協点を探すことである。しかし、その点を、少しずつでも理想のほうへもっていきたいと思いながら書いている。

ああ。「感じ」を射抜く「ことば」がほしい。もどかしい。


そう感じられるようになって嬉しい。あるものの彼方へ、自分が歩んでいるということである。それは自分だけの世界である。誰もいない。

日を透すほど薄い、ふれると溶けてしまいそうな花びらが、何億光年の碧さのなかで、ゆらゆらと揺れている。
他者は世界である。
世界とは自分である。
うそさむい風と、うらあたたかい日差しのなかで。
上着のポケットに手を突っ込んで。
僕はひとりであるいている。

この感じ。ああこれだ。松山の、桜並木を歩いていたころの僕とおんなじだ。夢は今も、つづいている。
[PR]
by takeyabubass | 2006-03-05 20:22 | 過去

操気弾への道

最近、「気」を操れるようになってきた。
といっても、怪しげな宗教に入ったわけではない。

人を吹っ飛ばしたり、物を浮かせたりする、いわゆるオカルティックな「気」と、われわれが普段使う「やる気」「気力」とは、同じものをさす言葉だと思う。単にフィクションか、ノンフィクションかの違いである。「その気になって」農業をやればおいしいみかんができる。練習すればいい音を奏でられる。「気」は、僕の体やさまざまな道具を通じて、おいしいみかんやきれいな音に姿を変える。諸行万事、気のなせる業である。

それを少し大げさに表現したフィクションが格闘マンガである。ドラ○ンボールの「気」であったり、HUNTER×○UNTERの「オーラ」であったり、NARUT○の「チャクラ」であったりする。彼らが繰り出す様々な技は、現実世界での仕事や表現活動を、ファンタジックに置換させたものにすぎない。

「気」というものを意識し始めたら、自分がよりスムーズに動けるようになった。「気が残っているうちに、洗い物をしてしまおう。」とか、「めんどくせえなあ」とうだうだしているときに「ハッ!!」と気を放出したりして、自分を「その気にさせる」ことができる。

これはいい。使える。自分を動かすきっかけになる。
人生における大変革かもしれないし、一時のブームに過ぎないかも知れないが、しばらく試してみよう。
[PR]
by takeyabubass | 2006-03-04 00:44 | 思想

「骨肉の愛」をよんで

当時の文章は、くどいほどにいちいち主語が書いてある。卒論の最中でもあったので、主語・述語を明確化するくせをつけようとしていたのだろう。
その後、ながはまーずBBS時代に、「書かなくても明らかにわかる文節は、極力省くべきだ」との考えに至った。その結果、文章が驚くほどすっきりしたのには驚いた。しかし「誰が読んでも、明らかに分かるかどうか」を吟味するには、大変なエネルギーを要した。

全て書くのは簡単である。ムダを省くことこそ難しい。

今は、あまり何も考えていない。思いつくことをさらさらと書いているが、かつて苦労して開拓した技術は、ある程度身についていると思う。だがそれもときどき復習せねばならぬ。「型」が、乱れてくるのが分かる。
今思えば、ながはまーず掲示板時代の中期は、珠玉の名作ぞろいだった。夕焼けの描写、雪の描写、犬とのドキュメンタリー、岩井谷の合戦などである。消去されるがままに放置しておいたのは、なんとも惜しいことをした。人生とは、不可逆である。同じ景色を見ても、あのころの新鮮な視点はもうないのだ。

まあ、過去を悔やんでも仕方ない。さらに腕を磨いて、経験的バックボーンを広げて、より魅力的な作品を作っていくまでである。

農。文。歌。教。
どれも捨てない。優柔不断ではない。迷わずに全部やるからだ。
[PR]
by takeyabubass | 2006-03-02 12:28 | 趣味



架空の人物「竹やぶ」のブログです。書いてある出来事はフィクションです。論や思想も、架空の前提をもとに展開されているため「筆者の意見」という訳ではありません。
リンク

LetMeBeThe犬!(レット・ミー・ビー・ジ・ワン!)
松本リューのブログです。6年来の友人です。繊細な感覚と親しみやすい文体で、音楽評論や黄昏流星群をつづっています。

私たちの地域研究所
んまさんのブログです。農機具の部品を作っておられます。冷徹な考察と、実地でのたゆまぬ努力に基づく地域政策は、まさに圧巻です。

喫茶ゴリラ
幼なじみのご両親が営む、喫茶店のHPです。マスターと話していると、いい考えが浮かびます。近い将来、僕の音楽活動の拠点にできたらなあ。

晴漕雨読
友人、かまたにさんのブログです。仕事、読書、ネット、自転車と、非常にコントロールされた生活が伺えます。あくなきストイシズム。

ぷは  ジコチュ日記
後輩、ホトリさんのブログです。現役女子大生の苦悩と諦観がにじみ出ています。痛かわいい。

駄目ぱんだ日記
ペン裏ソフト、ドライブ攻撃型のmisutinさんが兄妹で管理するブログ。内容は、アニメやゲームの批評など。辛口です。

N-style
愛媛のアカペラバンド、 ながはまーずのHPです。今は活動していませんが、再結成の可能性は高いです。

ヤブログ別館
竹やぶの写真館です。

竹やぶの里
竹やぶのホームページです。ここから筆者にメールできます。リアルな筆者への問い合わせは、こちらからお願いします。
以前の記事
最新のトラックバック
テラびしょびしょw
from お・な・に・ぃ
alberta weat..
from alberta weathe..
負けても勝ち組w
from ドンパッチ
ben harper l..
from ben harper lyr..
the war and ..
from the war and pe..
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧