ヤブログ本館

カテゴリ:なんとなく( 33 )

テレビに親しむ

結婚前はほとんどテレビを見なかった。しかし今は、妻が毎日テレビをつけるので見ている。寝るとき以外、「必ず家にいる時刻」はないので、「必ず見るテレビ番組」もない。始まったら見る。気に入らなければチャンネルを変える。だからいろんな番組を少しずつ見る。

最近ので印象に残っているのは、清水の次郎長。水戸黄門。忍たま乱太郎。おじゃる丸。野球中継、クローズアップ現代。
小沢代表の記者会見は、退屈すぎて見るにたえなかった。「国民生活の向上」ではなく「政権交代」を第一義とする党に、私は用はない。
一連の、皇室に関するニュースを見て思ったことがある。自分の沿うべき男がどの程度であれ、彼に寄り添って世間にたてつかず、生物としての喜びや苦しみを素直に受け入れる女性は、深い魅力を持っているということ。

今日の午前、ごろごろと体力の回復を図っていると、「はぐれ刑事純情派」が始まった。小学校を舞台としたストーリーだった。日ごろ家庭教師や農業体験をとおして子供に接しているので「学校」「子供」「教育」などのキーワードには敏感である。つい興味を引かれ、最後まで見た。これが意外と、おもしろかった。

誇張もあるが、今どきの子供たち、今どきの親、今どきの教育が典型的に描かれていた。学級崩壊を呈している六年生のクラスがあった。その担任(女)が、何者かにベランダから植木鉢を落とされ、意識不明の重体となってしまう。
犯人は、同じクラスの前年度の担任(女)だった。彼女が担任だった頃は、そのクラスは崩壊していなかった。しかしそれは担任が子供たちを必死に押さえつけていたからで、生徒は内心教師を憎み、教師もストレスで学校に行けなくなり、6年生に進級するとき担任を辞退した。その代わりを新任の教師が勤めた。一年前の反動もあり、クラスは全くまとまらなかった。しかし生徒一人一人は見違えるように生き生きとしてきた。生徒も先生を好いた。
それを見た旧担任は、新担任を妬み、生徒がやったように見せかけて、植木鉢をベランダから落とした。

ストーリーの重点は、犯人探しよりも現代の学校教育への問いかけであった。子供に規律を身に付けさせようとすれば教師はストレスで苦しみ、子供を許容すればクラスはまとまらず、親から苦情が来る。物語は、「躾も学問も全て教師に任せすぎるからこういうことになるんだ、俺たち親がもっとその責任を負わねばならん、」と犯人扱いされた生徒の父親(はぐれ刑事の部下)がクラスの父母の前で発言して終わる。
その後はぐれ刑事(主人公のこと。名前は知らん)が「人間ってものはな、何が正しいか分からないのが普通なんだ。何をやってもな、常に自信がないのが普通なんだ。」と訓示をたれ、部下と酒を飲む。これはつまり、「自信を持って『これが正しい』、なんて言うこと自体がおかしいんだよ」という意味であり、それはそのまま、現代の学校教育の難しさを物語っている。


僕は漠然と、小中学校の教師は大変なんだなと思った。そして自分にできることは少ししかないが、僕が教えるべき二人の生徒だけでも、社会とその子ら自信の幸せを両立できる方向に引っ張ってやれたらなと思った。そのためには少なくとも、自分がそれをできていなければならないとも思った。そしていつか生まれるだろう自分の子供を責任を持って育てることこそ、社会人として最低限の務めだなあと思った。

サスペンスも、不幸な未来のシミュレーションとしてみるならそう悪いもんじゃないよ。
[PR]
by takeyabubass | 2006-09-13 12:34 | なんとなく

プーさん恐怖説

とあるストーリーで、くまのプーさんを知る機会に恵まれた。
彼は、自然の大木を利用した家に住み、主に蜂蜜を採集して暮らしている。
自給自足か、蜂蜜を売った金で生活をしているのかは分からないが、一人である。

僕自身、自給自足をしようと思っていた時期があった。人中で暮らすのが不自然だから、人里はなれた山奥で自然なくらしをしようと思っていた。だが自給自足こそ、不自然の最たるものだとの結論に至った。

プーの家には、様々な道具類がある。壺、戸棚、扉、洋服。
彼はこれを、自分で作っているのだろうか。とすれば驚嘆に値する。蜂蜜を売った金でそれを買うにしても、並大抵の生活力ではない。そういう生活をしていれば、日々の苦労が深いしわとなって、日に焼けた顔に刻み込まれているはずである。あるいは頑強な肉体に鋭い目を有していてもおかしくはない。

しかしプーは、かかる過酷な暮らしの中にあって、あのとぼけようである。
「僕はなにしにきたんだっけ?」
「風のつよい日、おめでとう。」
などと、少し高めのおじさんの声でしゃべるのだ。
辛酸をなめ尽くして、あの境地に行き着いたのだろうか。

彼の本性が見えない。本当は、かわいい熊の皮をかぶった老子ではないのか。
僕はプーさんが怖い。
[PR]
by takeyabubass | 2006-06-19 20:08 | なんとなく

かみさま かみさま

書くよりほか、どうしようもない時間がある。

・・・・書くことを許してください。
[PR]
by takeyabubass | 2006-05-06 21:21 | なんとなく

ややこしい短文

根はバカで、かしこいやり方でそのバカを発揮したがる人間を英雄と呼ぶ。

根は賢くて、賢さを貫くためにバカを演じる者はピエロである。
[PR]
by takeyabubass | 2006-04-10 11:50 | なんとなく

書き込みの内容が不健全になってきた
現実に立ち向かおう。
[PR]
by takeyabubass | 2006-03-24 18:03 | なんとなく

ことばあそび

「規模の経済」という言葉がある。
「同じことをやるなら、規模を大きくするほうが低コスト化でき、収益が増す」という考えである。1人で旅行に行くよりも、100人で行くほうが、一人当たりの旅費は安く済む。

とかく農業は、規模の経済ばかりが語られがちである。農家は生産に専念し、農協が選別・箱詰め・販売を一括して行うシステムがそうだ。また耕地面積の拡大や集団化がとみに叫ばれるのも、それゆえである。

一方、「範囲の経済」という言葉もある。
(間違ってたらごめん。以下は単なる僕の解釈)
ある一連の作業において、一人の人間ができるだけ広い範囲を受け持つほうがロスが少ないという考えである。

剪定をする人と、枝を片付ける人が別だと、剪定者は散らかった枝には頓着せず、剪定の効果だけを最大化しようとする。二つの作業を一人でやることで、「剪定の効果」「枝の片付けまで含めた所要時間」の2要因を頭に入れて、作業全体の収益の最大化を目指せる。
もっと視野を広げれば、一人の農家が生産と販売の両方を行うことで、お客さんの反応を栽培方法に直結させられる。


この二つの考えは、たいてい相反する。同じ労働力で面積を拡大しようとすれば、販売活動まで手が回らなくなる。つまり規模を拡大すると範囲が縮小する。その逆もしかり。
つまり、規模拡大にこだわることはないということだ。状況を見ながら、範囲と規模をうまいこと操作して、なんとか収入を得ていけばいいのだ。
[PR]
by takeyabubass | 2006-03-23 19:03 | なんとなく

先天・後天

持って生まれた性質や能力を、「先天的である」という。
育った環境できまる性質や能力を、「後天的である」という。

先天的なものを侮ってはいけない。
慣れ親しんだ道具ややり方が、自分にとって最高とは限らないのだ。

僕はギターを始めて3年になる。ピアノは、習ったことはないが小さいころから身近にあった。祭りの篠笛も、もう2年目である。まだまだ未熟だが、それらはある程度、体になじんだ感がある。そんな中、尺八に出会った。吹いてみて、ほんの一時間ほどで、「ああ、ギターやピアノや篠笛よりもぴったりくる」と思った。

ギターは左手の指捌きがどうも苦手である。ピアノはデジタルな音階がいまいちなじめない。尺八に出会って、それに気づいた。尺八は、体の一部という感じがするのだ。ギターは、あのボディこそ体の一部に感じられるのだが、そこから突き出た板と弦はなかなか、体の一部になってくれない。

祭りの篠笛もかなり吹いていたが、それよりも尺八がいい。甲高くない。細かくない。篠笛が一点集中型とすれば、尺八は八方広がり型である。バスである僕の呼吸法にあっているのだろう。「自分にあったもの」と出会う可能性は、一生あり続けるのだなと感心した。出会いに対する意欲を失ってはいけない。

だがギターをやめて尺八に乗り換える気はない。なぜなら尺八は、歌いながら吹けない。ギターを弾きながらも吹けない。やはり歌+ギターのコンボに勝る音楽形態は、今のところ登場していない。尺八は尺八で、機会があれば練習するかも知れぬ。

眠たくて文章にならない。
[PR]
by takeyabubass | 2006-03-22 00:20 | なんとなく

やる気がおきないときは

やりたいことをやるべきである。
何をやっても、それは経験の一つとなる。ボーっとしてもいいし、音楽を聴いても、散歩をしても、パチンコにいってもいい。
「あんときゃ徹夜でゲームにハマって、仕事が手につかず、大変な思いをしたよ。」こういう経験を語れる人と語れない人では、前者のほうが魅力的だ。

創作的な活動をするのもいい。経験となり、かつ、後に残る。今もてあましているエネルギーを何らかの形で残しておくことは、有意義なことである。僕が文章を書くのはそういうことである。

突如として話は変わる。
この世でもっとも大きな試練とはなんであろうか。
僕はこう思う。

「試練に恵まれないこと」。

人は、試練を乗り越えないと飛び立てない。物語の主人公は、何もしなくても次々と試練が襲いかかる。いうなれば試練に恵まれている。
試練に恵まれぬ我々現代人は、あえて自ら、安閑たる日常を突き破って試練に飛び込まねばならぬ。試練を作るところからはじめないといけない。そういう意味で現代人は、貧困よりもさらに過酷な時代に生まれたといえる。
[PR]
by takeyabubass | 2006-03-19 20:47 | なんとなく

祝!3000ヒット。

毎度ご愛顧ありがとうございます。

何度でも言います。ダブりカウントはとっていません。同じパソコンから一日に何度見ても、カウンターは1しか増えません。最近は、一日平均20人の方が見てくださっています。

ずっと見てくれている人もいるでしょう。義理で訪問だけしてくれる人もいるでしょう。なんにせよ、ありがたいことです。がんばりますわ。
[PR]
by takeyabubass | 2006-03-17 20:00 | なんとなく

自己を救う日記

本年度の家庭教師は、明日で終わり・・!!

しんどかったけど、楽しかったよ。お互い本気で、一つのものを目指したこと。

僕自身の知識や技術も、かなり向上した。社会科指導スキルを、ある程度ものにできた。

生徒が、逃げなくなった。
今までは、楽なほう、楽なほうにしか自分を持っていけなかったあいつが、一見登れそうもない崖に、必死にしがみついて活路を見出すようになった。人生における成功の多くは、そのむこうにあるのだ。

ああ。受かれ受かれ。
学校の先生からは、「とうてい無理だ」と言われていた第一志望。
それに受かることによって、僕の指導は完結するのだ。「努力すれば夢はかなう」ことを実証したことになるのだ。受験を通して努力の効果を確かめ得たとしたら、彼は「努力」という伸縮自在の武器を手にしたことになる。避けて通れない苦しい道を、己の糧にできる人間になれる。本当にかっこいい人間、有為の人材が出来上がる。

受かれ受かれ。
[PR]
by takeyabubass | 2006-03-12 00:51 | なんとなく



架空の人物「竹やぶ」のブログです。書いてある出来事はフィクションです。論や思想も、架空の前提をもとに展開されているため「筆者の意見」という訳ではありません。
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
リンク

LetMeBeThe犬!(レット・ミー・ビー・ジ・ワン!)
松本リューのブログです。6年来の友人です。繊細な感覚と親しみやすい文体で、音楽評論や黄昏流星群をつづっています。

私たちの地域研究所
んまさんのブログです。農機具の部品を作っておられます。冷徹な考察と、実地でのたゆまぬ努力に基づく地域政策は、まさに圧巻です。

喫茶ゴリラ
幼なじみのご両親が営む、喫茶店のHPです。マスターと話していると、いい考えが浮かびます。近い将来、僕の音楽活動の拠点にできたらなあ。

晴漕雨読
友人、かまたにさんのブログです。仕事、読書、ネット、自転車と、非常にコントロールされた生活が伺えます。あくなきストイシズム。

ぷは  ジコチュ日記
後輩、ホトリさんのブログです。現役女子大生の苦悩と諦観がにじみ出ています。痛かわいい。

駄目ぱんだ日記
ペン裏ソフト、ドライブ攻撃型のmisutinさんが兄妹で管理するブログ。内容は、アニメやゲームの批評など。辛口です。

N-style
愛媛のアカペラバンド、 ながはまーずのHPです。今は活動していませんが、再結成の可能性は高いです。

ヤブログ別館
竹やぶの写真館です。

竹やぶの里
竹やぶのホームページです。ここから筆者にメールできます。リアルな筆者への問い合わせは、こちらからお願いします。
以前の記事
最新のトラックバック
テラびしょびしょw
from お・な・に・ぃ
alberta weat..
from alberta weathe..
負けても勝ち組w
from ドンパッチ
ben harper l..
from ben harper lyr..
the war and ..
from the war and pe..
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧