ヤブログ本館

カテゴリ:他人( 9 )

新しい友人

嫌だということを、何度も頼みにくる人がいる。これはかなわない。こっちだって相手が頼ってきたら、できるだけ好意的な返事をしたいと思っている。でもいろいろ考えた末、やっぱり責任が持てないと思ったり、どうしても気が進まなかったりして、断らざるを得ないときもある。
そういうときに、「そうですか、ではまたよろしくお願いします」と簡単に引き下がってくれるほど助かることはない。「今回は済まないことをした、次に頼まれたら少し無理をしてでも引き受けよう」という気にもなる。

だけどそこで引き下がらずに、なんとかして自分の意に沿わせようとしてくるとやりきれない。こちらが考えた末だした結論を頭から無視しているということは、僕の存在を認めていないということだ。不毛だが、降りかかる火の粉は払わねばならぬ。僕は自分の存在をかけて、自分が拒否する旨を説明し、相手があきらめるまで闘わねばならぬ。相手が躍起になればなるほど、こちらの不快感は増していく。その場はもちろん引き受けないし、その後何かあっても、できるだけこの人には近づきたくないと思ってしまう。


話は変わるが、根拠もなく、「当然こうすべきだろう」という自分だけの考えを、こちらに強要してくるのも困る。理屈っぽいようだが、「なぜそうすべきなのか」をはっきりさせて、やった場合と、やらない場合のメリットとデメリットを比べた上でないと、その判断は下せない。
いつもやるから、皆がやるからというのは、本来は理由にならない。不必要なものを生み出して儲けたい連中は、「皆がやるから」という心理を利用して、さまざまな出費や出役を私たちに迫る。

クリスマスプレゼントも、バレンタインチョコも、月給3か月分の結婚指輪も、商社が儲けるための喧伝から始まった風習である。ナントカ祭りや、ナントカ大会などという行事も、結局は一杯飲んで騒ぎたい連中が考え出したものである。もちろん、社会において遊び心は大事だが、それは強要されるべきものではない。

僕は、「仕事を楽しむ」ことをモットーとしている。仕事といえども、やりたくないことはやらない。というかできない。だから収入は少ない。余暇もあまりない。ことさらに「遊び」の時間を強要されたら、僕の生活は圧迫される。精神的にも苦痛だ。


そんな思いにもんもんとする折、最近1人の素敵な人と出会った。
名を、宮沢賢治という。
[PR]
by takeyabubass | 2006-04-27 11:06 | 他人

晩生

人は、人の中に根をはる。
つまり人と会うことは、とても重要だということ。
しかも、複数の、いろんな属性の人と。

ごく限られた人としかつきあってなければ、その人にいやな態度をとられると、生活全体が憂鬱におおわれる。だけど、たくさんの友人がいたら、そんなことは気にならなくなる。

他人との付き合いで嫌な思いをしたときの効果的な解決策は、全く別の友人と会って関係のない話をすることだ。すると、以前の悶々は何もかも忘れてしまう。まるでガスが抜けるようにしぼんで、ちっぽけになる。コミュニケーションの不思議。

僕は今まで、一人の世界を歩き続けていた。
しかし最近、友達とはいいものだと思いはじめた。ごく少数の深い親友の他にも、わけ分からんノリの仲間や、音楽仲間や、卓球仲間や、変な動き仲間や、しみじみ人生仲間や、農業志士仲間や、自転車操業仲間など、みんなすばらしい。

ヤバいとき、逃げ込める場所。苦しくても、楽しめる場所。それが友達。
[PR]
by takeyabubass | 2006-04-21 23:38 | 他人

セバとカルモ

狭く、深く生きている人がいる。
浅く、広く生きている人もいる。
全く自分と違う方向に伸びている人もいる。
自分とよく似た人もいる。
深刻に生きる人、気楽に生きる人。
死んでもいい人、死にたくない人。
いつも怒っている人。
いつも憂鬱な人。

ああ、みんな違う。
ただ違う。

違いを許せない人は、敏感という点において僕より深い。
僕よりも怠惰な人は、諦観という点において僕より深い。
僕よりも経験の少ない人は、無知なる点において僕より深い。

軽蔑する気などごうも起こらない。
ただ、違うのだなあと思う。

最近、いろんな人とよく出会う。
違う人と出会うと、自分が広がる。それは楽しい。
違う人には、価値がある。
[PR]
by takeyabubass | 2006-04-11 22:41 | 他人

目標付け加え

「ネット上の対人関係は、まがい物である」とよく言われる。
もっともである。ネット上では、その人が入力した文字だけが手がかりである。その他全ては、受け取る側の勝手な想像に過ぎない。性別、姿かたち、表情、声色、社会的立場、主義思想など、皆目分からぬものを、断片的に記された言葉のかけらから推察して、勝手に一人の人物を作り上げて、その人とやり取りする。それがネット上の人間関係である。手軽だが、それを人間的なつながりと勘違いしてはならぬ。

生身の人間は、もっと複雑である。たとえ主義思想が同じでも、外見が理由で相容れないこともある。利害が一致していなくとも、何となくノリで合意に漕ぎつけられる交渉もある。コミュニケーションは、一つの技術である。かなり奥の深い、考慮すべき要因が多い技術体系である。技術である以上、修練によって伸ばすことができる。僕はこの能力も鍛えたいと思っている。

これまでは、「演奏」や「栽培」や「著述」といった個々の能力を鍛えることに躍起だったが、これらを組み合わせてマルチな表現を行っていこうと思えば、他者とのコミュニケーション能力が重要になってくる。

繰り返し行うことが大事だ。積極的に、人と会おう。話をしよう。今年の努力目標に、「コミュニケーション能力の向上」を付け加えることにする。
[PR]
by takeyabubass | 2006-03-31 00:26 | 他人

他力本願時

新聞に、「誤った日本語は耳障りなので、言葉遣いを正しくせよ」と書いてあった。

言葉は、それ自体が目的ではない。意思疎通のための道具である。
伝えたい相手が理解できればそれで事足りる。

「おい」
「ああ」
で、会話は成り立つ。

「ロボット置き場で何か音がしたぞ。」
「本当だ、行ってみよう。」
という意味である。

ら抜き言葉とは、言わなくても分かるので「ら」を略したのだと思われる。それをことさらにつらまえて、居丈高に「正しくせよ」と命令するのは間違っている。
「私にも分かる言語で話してください」と頼むか、
あるいは「その言葉遣いだと、通じない人がいるかもしれません」と分析を述べるにとどめるべきだ。タレントや女子高生は何も、あなたと意思疎通したいわけではないのだから。

言葉は表現である。表現において、「教科書的な技術」を強要されるほど不本意なことはない。聞いていて不快であると言う理由で「全員統一せよ」というのは、あまりにおこがましい考えだと、その記事を読んで思った。
[PR]
by takeyabubass | 2006-03-22 00:06 | 他人

竹やぶ、おこる

農林水産まつりに行ったときのことである。
最終イベントとして、もちまきが行われた。
大勢の子供たちがやぐらの周りに群がった。僕も餅などほしくはなかったが、賑わいの一端にと人だかりの外縁に立った。
子供たちの多くはやぐらのすぐ近くに陣取ったが、外縁部にもあぶれた子供が何人かいた。

もちまきが始まった。餅をまくのは市か農協の職員のおじさんで、子供たちの歓声の中でにこにこしながらまいていた。しかし、彼の顔はやぐらのすぐ近くの子供たちばかりに向けられていた。外側にはまだまだ大勢の拾いストたちがいる。お年寄りや子供たちが、盛んに「こっちにも投げてくれ」と哀願している。
大勢の歓声に混じって声は届かないが、みんな手を差し出してもちを欲している。ちょっと見れば分かるはずである。しかし職員は結局、何箱もあるもちを全てやぐらのすぐ近くにばかりまいてしまった。外縁部にはもちろん、中層域にもほとんどまかれなかった。1つのもちも飛んでこなかった子供やお年よりは、さぞかし落胆したであろう。

何をやるにも、漫然とやっては駄目である。もちをまくなら、視野を広くして拾い手の様子を観察した上で、まんべんなくまくべきである。僕は転がってきたもちを1つ拾ってポケットに入れ、やるかたない憤懣を胸に抱いて会場を去った。
[PR]
by takeyabubass | 2005-11-21 00:04 | 他人

近頃のこども

小学校の行事で、みかんの収穫体験をしたときのことである。
5年生の女の子が木のしたでごそごそしていて、立ち上がったときに太い枝で頭を打った。そう強く打った様子ではなかったが、彼女はわが身に降りかかった珍しいできごとを大げさに喧伝した。

地面にぺたんと座り、「いった~い」といって両手で頭を押さえたのである。僕は彼女の属している班につきそっていたので、無視するわけにもいかず、社交辞令的に
「大丈夫?」
と声をかけた。様子を見れば、明らかに大丈夫だった。しかし
「大丈夫じゃな~い(泣くしぐさつき)」
という返事が返ってきた。

僕は処置に困った。ませているというか、人をからかっているというか。
同時に、その滑稽さに内心ふきだしそうになった。
結局、大丈夫そうだったのでそれ以上は何もいわず監督を続けた。

「なあんだ、大したことないよ。さ、立って。」といって手を差しのべるべきだったろうか。
[PR]
by takeyabubass | 2005-11-16 18:43 | 他人

大学時代の友人について

ながはまーず(リンク参照)の歌い手5人のうち、3人が教師志望であった。またあとの2人も、かなり規模の大きな合唱団でパートリーダーをしていた。つまり人を「教育する」立場に長くいた。だからながはまーずは、教育者集団ともいえた。5人の教育者たちは、対外的にはもちろん、仲間同士にも強い影響を与え合った。

中でも僕の人格に大きな影響を与えた2人の教師がいる。彼ら2人は、アプローチこそ違えど、「自分が正しいと思う方向に他者を導く意欲に満ちている」という点で共通していた。ひろと、Gさんである。
彼らと出会う前の僕は、こざかしいお調子者だった。特に決まった道筋もなく、なんとなくノリでその場その場をすごしていた。それでいて自分が、何か偉大な人物のように思っていた。

そんな僕が、ひろからは
「自分の信じる道を、自分の力で歩け」 というメッセージを、
Gさんからは、
「正しい方法で努力せよ」 というメッセージを受け取った。

彼らが意図的に、僕をそう教育しようとしたわけではないだろう。だが彼らの行動、発言、態度はよくそのメッセージを内包しており、影響を受けやすい僕は、それに対して無反応ではいられなかった。つまり彼らに感化されたといえる。


ほしい能力が手に入るかどうかは自分の意欲のみにかかっているので、何かができるようになりたいと思ったら、人目を気にせず習得にはげめばいい。
ただし方法論は理にかなっていないといけないので、うまい人や信頼のおける教本に従って、基本に忠実に努力せねばならない。

こういう当たり前のことを、彼らに気づかせてもらったという点でも、有意義なバンド活動であったと言える。
[PR]
by takeyabubass | 2005-10-29 01:02 | 他人

英雄たちの群像5

Mr.ノボは、一流の男である。
今日、尊敬するノボの畑を見せてもらった。以前彼のみかんをたべたことがある。そのとき僕は彼のことを知らなかった。しかしそのみかんは、強烈に印象に残った。
少し大きめの、Lサイズのみかんであった。皮はなめらかで、落ち着いたというか、くぐもったような橙赤色をしていた。手に取るとずしっと重みがあった。
柔らかくて、みるみる剥けた。じょうのうが薄い。房で実を割ると、薄皮が剥がれて真っ赤な果肉がむき出しになる。2房、とって食べた。みずみずしく、ほどよい弾力もあった。
ただ甘いだけで、うまくないみかんはよくある。「糖度13度」と銘打ったみかんよりも、糖度と酸度のバランスが取れて、適度にアミノ酸を含む11.5度のみかんほうがおいしいことは、ままある。しかし彼のみかんは、甘くておいしかった。なんだか、作り込んだという感じの味だった。しかもそれが不自然ではなく、丹精こめてつくった、という風な。

僕はそこに、自分の目指すべき方向性を見た。素直に、「僕もこんなみかんをつくりたい」と思った。彼と懇意になってからは、いろいろ話を聞いた。みかんの味から想像したとおり、試行錯誤を繰り返し、日々たゆまぬ努力をする一流の男であった。
少し前にみかん生産者で話題になった「切り上げ剪定」という技術がある。僕は本で見てそれを知っていた。彼はそれを実践していた。今、話題なのは「樹冠上部摘果」である。彼はそれもいち早く取り入れた。そして両者を比べた結果、「切り上げ剪定」よりも「樹冠上部摘果」がよりよいと判断し、今はもっぱら後者を行っている。

以前僕が「今度畑を見せてください」と頼んだら、彼はうれしそうに、「おう、見にこい」と言ってくれていた。それで今日行ってきたのである。
何か特別な、理想的な、教科書のような畑を想像していた。しかし違った。今の僕の畑を、少し頭をひねって手を加えれば変身させられるような印象を受けた。同時に、今僕がやろうとしていることを徹底しさえすれば到達すべきものであるとも確信した。無理だと思っていたことが、急にできそうな気がしてきた。
僕はすがすがしい気持ちで「ありがとうございます」といい、ふくらむ期待を胸に、家に帰った。

つづく
[PR]
by takeyabubass | 2005-08-30 02:10 | 他人



架空の人物「竹やぶ」のブログです。書いてある出来事はフィクションです。論や思想も、架空の前提をもとに展開されているため「筆者の意見」という訳ではありません。
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30
リンク

LetMeBeThe犬!(レット・ミー・ビー・ジ・ワン!)
松本リューのブログです。6年来の友人です。繊細な感覚と親しみやすい文体で、音楽評論や黄昏流星群をつづっています。

私たちの地域研究所
んまさんのブログです。農機具の部品を作っておられます。冷徹な考察と、実地でのたゆまぬ努力に基づく地域政策は、まさに圧巻です。

喫茶ゴリラ
幼なじみのご両親が営む、喫茶店のHPです。マスターと話していると、いい考えが浮かびます。近い将来、僕の音楽活動の拠点にできたらなあ。

晴漕雨読
友人、かまたにさんのブログです。仕事、読書、ネット、自転車と、非常にコントロールされた生活が伺えます。あくなきストイシズム。

ぷは  ジコチュ日記
後輩、ホトリさんのブログです。現役女子大生の苦悩と諦観がにじみ出ています。痛かわいい。

駄目ぱんだ日記
ペン裏ソフト、ドライブ攻撃型のmisutinさんが兄妹で管理するブログ。内容は、アニメやゲームの批評など。辛口です。

N-style
愛媛のアカペラバンド、 ながはまーずのHPです。今は活動していませんが、再結成の可能性は高いです。

ヤブログ別館
竹やぶの写真館です。

竹やぶの里
竹やぶのホームページです。ここから筆者にメールできます。リアルな筆者への問い合わせは、こちらからお願いします。
以前の記事
最新のトラックバック
テラびしょびしょw
from お・な・に・ぃ
alberta weat..
from alberta weathe..
負けても勝ち組w
from ドンパッチ
ben harper l..
from ben harper lyr..
the war and ..
from the war and pe..
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧